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東京地方裁判所八王子支部 昭和32年(モ)93号 決定

申立人 石田仙太郎

被申立人 大坂新平

主文

本件異議申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

事実

申立代理人は、申立人と被申立人間の武蔵野簡易裁判所昭和二七年(ユ)第二九号土地明渡調停事件の昭和二七年九月一八日付調停調書の執行力ある正本に基いて、被申立人の委任により東京地方裁判所八王子支部執行吏が、昭和三一年一一月一七日、同月一八日、同月一九日に別紙物件目録記載の不動産に対してなした強制執行はこれを取消す。申立費用は被申立人の負担とする。との決定を求め、申立の理由として、

一、被申立人より申立人に対する申立の趣旨記載の強制執行は、前記調停調書に対し被申立人が民訴第五一八条第二項の規定による証明書をもつて証明したるものとして、民訴第五二〇条第一項に基き、武蔵野簡易裁判所裁判官の命令により執行文が付与され、これによりなされたものである。

二、しかるに右強制執行には次に掲げるような違法がある。

(イ)  前項の執行文は民訴第五二八条第二項により、これを債務者たる申立人に対し送達することを要するのに、本件強制執行の日たる昭和三一年一一月一七日ないし一九日(或は被申立人の主張する翌二〇日)までに予め、もしくは同時にその送達がなされずして強制執行が開始された。右執行文は強制執行開始後実に約一年二ケ月後である昭和三三年一月一四日に至り、被申立人の申立により申立人に郵便送達された。

(ロ)  民訴五二八条第三項により前第一項の証明書の謄本は強制執行開始前またはこれと同時に債務者たる申立人に送達することを要するのに、右執行文と同様その送達が全くなされなかつた。

右のように、本件強制執行は債務者保護の強行規定である前記各法条に違反してなされたものであるから直ちに取消すことを要する。

三、昭和三一年一一月一八日は日曜日であるから、この日強制執行をなすには執行裁判所の許可を要するのに、右許可なくしてなされたから、同日の執行は取消さるべきである。

四、而して、本件強制執行は未だ終結していない。従つて、本件執行は全面的に取消さるべきである。被申立人は執行の目的物件中一、三二五坪については執行が完結した如く抗弁するが、その主張は失当でこの部分についても強制執行は終了していない。すなわち、

(1)  本件土地二、〇〇〇坪の周囲のうち東北及び西側地内には隣地との境界に近くこれに沿つて高さ一二、三尺のサワラの木五五二本、高さ二、三丈のサワラの木二本相手方が明渡の執行完了せりという地内には高さ丈余の無花果の木七本が永年にわたり生育繁茂しており、これ等樹木は申立人の所有物であり、申立人が本件土地の賃借権に基き栽植しているもので強制執行開始前から現在まで右のとおり存在する。さればこれ等樹木を取除かない限り不動産たる本件土地の明渡しは完了しないことは多言をまたないものであるところ、これ等樹木は右執行着手後今日まで一本も取除かれていないから、その土地の明渡しは遂に今日まで完結することができないのである。

(2)  右土地一、三二五坪の内には本件執行開始の際申立人が本件土地上に存する建物及び本件土地をその用地として経営していた養鶏用の小松菜が相当面積にわたり栽培され、而も当時この小松菜が四、五寸の丈に生長し既に右養鶏用飼料として毎日採集使用されていた。かかる収穫期にある小松菜が動産であることは学説判例の一致して認めるところで、これを取除き債務者たる申立人に引渡さなくては執行吏は民訴第七三一条第三項に違反し、従つてその土地の明渡しの執行は完結したことにならない。

(3)  されば、疏甲第四、七号証に執行吏が一、三二五坪の明渡を完結したようにみえる記載があるに拘らず、その実体は存在しないのであるから、これ等の記載は何等の効力を生じない。この部分の土地の占有は依然として申立人に存し、また仮に申立人に存せず執行吏の占有に移つたとしても、その占有は依然執行吏に存し相手方に移つていない。しかも、昭和三一年一二月二四日武蔵野簡易裁判所の強制執行停止命令により本件債務名義による執行は停止され、右命令の正本は同月二六日木村執行吏に提出されて本件執行は停止の効力を発生したから、この執行吏の占有は未だ被申立人には移つていない。故に執行は未だ完結していない。

(4)  本件執行は次の理由により適法な執行とはいえない。

(イ)  執行の目的物が特定していない。

不動産明渡の強制執行は現実に民訴第七三一条によつて行われることを要し、その執行を実施した執行機関たる執行吏は民訴第五四〇条が命ずるところに従つて「執行行為の目的物及び執行行為の重要なる事情の略記」をなすことを要し執行吏執行等手続規則第一六条に従つて執行調書には「執行行為の目的物」「執行行為の要領」を記載しなければならない。而して右民訴及び規則に所謂「執行行為の目的物」とは執行行為の対象たるものをいうのであるから、具体的に個別化されて明確にされていなければならない現実に強制執行をなさんとし及び為したる目的物が実際には個別化、具体化されていたとしても、その執行調書にこれが個別化、具体化され特定されて記載されていない以上果して具体的に何をどの範囲に具体化個別化し特定して執行したかわからない。だからこそ執行調書には「執行行為の目的物」を記載し明確にせよと求めているのであつて、このように民訴及び規則が規定しているのは、執行行為を証明する方法は執行調書以外に存在を認めない趣旨である。そこで本件執行行為を執行調書についてみるに、まず「執行行為の目的物」であるが、疏甲第四号証の執行調書の目的物件の表示には

武蔵野市大字関前字久保八三〇番の一

一、畑六反一畝四歩の内南側四反四畝歩

右同所八三〇番の二

一、畑一町二反六畝八歩の内南側八反七畝二二歩

とある。すなわち、目的物は総計一町三反一畝二二歩つまり三、九五二坪である。しかるに、本件債務名義たる武蔵野簡易裁判所昭和二七年(ユ)第二九号調停調書(疏甲第一五号証)の調停条項第一項第二項には申立人の賃借土地は、二、〇〇〇坪と表示されている。債務名義に二、〇〇〇坪と限定されているのに、現実に執行行為の目的物としたのはその約二倍に当る三九五二坪である。

右の続行調書である疏甲第五号証、第七号証においても疏甲第四号証の記載と一致しているから、二、〇〇〇坪とすべきものを誤記したものとは到底認められない。而も、調書上、右のように表示されているが、実は債務名義の二、〇〇〇坪を指するものであると、推測させるような記載もないし、右表示の土地に債務名義の二、〇〇〇坪が含まれているということも分明しない。強制執行に当り執行機関は憶測をもつて目的物件を定めることはことの性質上許されない。

されば本件執行は執行行為の目的物が具体的、個別的に特定されずに開始されたものであるから、既にこの点において強制執行開始の効力を生じ得ない。

更に、疏甲第三号証の執行調書の本文には「建物を収去してその敷地六七五坪を明渡すべきもの」としているが同調書の執行行為の目的物件の表示には右敷地を「約六七五坪」と表示し疏甲第四号証の執行調書本文には「建物……存する六六七坪の土地を除き」と記載し、疏甲第六号証の執行調書本文には「建物……存在する敷地六七五坪は」と記載し、更に疏甲第七号証の執行調書本文には「建物……存在する敷地六六七坪を除き」と記載されている。一体どの記載を正しいとみるべきか、何のより所もない。つまり目的物の特定ができていない。のみならず疏甲第三、六号証と疏甲第四、五、七号証に表示された執行行為の目的たる土地の関係はどうかをみるに、後者では合計一町三反一畝二二歩を執行行為の目的物とし、前者では八三〇番の二の畑の内八反七畝三二歩のうち約六七五坪の明渡を目的物件としている。この約六七五坪は前者と後者でどういう干係におかれているか執行調書上判らない。従つてこの部分は二重に執行行為の目的物となつているともいえる。二重の執行は不能である。いずれにしても、かかる関係にある約六七五坪あるいは六六七坪はこれを特定し得ないのであるから、その執行行為は特定しないものを明渡の対象としているもので失当であり、執行手続はなし得ない。それを無視して明渡が完了したなどということはできない。

(ロ) 明渡したと称する土地は特定不可能である。

疏甲第四号証によれば八三〇番の一の畑のうち四反四畝歩の明渡しを完了したとあるが、同書の添付図面によれば、計算上右明渡部分が四反四畝歩にはなり得ない。一体どこをどんな計算により明渡したか不明であり、このようなものに法律上明渡の効力を認めることはできない。更に疏甲第七号証では明渡面積も区域も地域も不明である。どうしてこれ等をもつて明渡の執行が完了したといえようか。

(ハ) 執行吏は現実に執行手続なる行為をしていない。

すなわち、疏甲第七号証には、その執行の日が昭和三一年一一月一九日であつたか二〇日であつたかは別として、「午前八時二〇分に開始し、同日午後四時五〇分に終る」と記載されているが、当日木村執行吏は午前八時四〇分頃本件執行現場に臨場したが一〇分間位いたにすぎず、その日はその後遂に現場に出現しなかつた。右調書の記載によれば、債権者代理人にその日引渡を完了したのは午後四時五〇分であるというのであるが、早朝臨場して僅々一〇分間しか現場にいなかつた木村執行吏が右時刻にどうして引渡ができようか。のみならず引渡を受けたという債権者代理人も午後一時過ぎには現場にいなかつたのである。引渡は現場でしなければならないことは民訴第七三一条の明定するところであり、これに反した執行は無効というべきである。

(ニ) 本件執行調書は無効で執行手続の証明とならない。疏甲第三号証ないし第七号証の執行調書は民訴第五四〇条の要件を欠いている。すなわち、昭和三一年一一月一七日の執行についての疏甲第三、第四号証は執行開始の直後頃、未だ執行が如何になされるか不明のうちに、執行に立会つた姫野高雄、木島定吉、金子伊助の署名捺印を得たものであり、而も執行に立会つた石田伊勢治の署名捺印がなく、これを欠く理由の記載もない。よつて、正当な執行調書ではない。

また疏甲第五、六、七号証の表示する執行の際石田伊勢治は執行調書の読聞けを受けないし、また閲覧後署名捺印を求められたことはないのに、第六号証には正当の理由なく石田伊勢治が署名捺印しないと書いてあり、その他第五、七号証には理由なく右石田の署名捺印がないから、これまた違法調書である。

五、申立人は被申立人の為した本件強制執行そのものの取消を求めるものである。その執行は昭和三一年一一月一七、一八、一九日に為されたものであると主張するが、もしそれが被申立人の主張するように一七、一九、二〇日に為されたものとするならば、申立人は当該執行日時に拘泥せず、執行自体の取消を求めるものであつて、申立人の求める本件強制執行異議の目的物には何等の変化はない。とにかく右具体的に実施された強制執行そのものの取消を求めるものなのである。

と述べ、被申立人の主張に対し、(二)に記載の事実は否認する、(五)記載の調停調書正本が被申立人主張の日申立人に送達されたことは認める。と述べ、立証として、疏甲第一号証ないし第八号証、第九号証の一ないし一〇、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一二号証ないし第一九号証を提出し、証人石田伊勢治、神谷道雄の証言及び申立人、被申立人各本人尋問の結果を援用し、疏乙号各証の成立は認めるが、疏乙第二号証ないし第四号証中の執行の日並に執行調書作成の日に関する原本の訂正は右各調書作成後相当期間経過後に訂正されたものである。と述べた。

被申立代理人は、申請却下の決定を求め答弁並びに主張を次のとおり述べた。

一、申立理由中第一項の事実は認める、但し執行の日は昭和三一年一一月一七、一九、二〇日の三日である。第二第三項の事実は否認める。

二、申立人は本件執行目的物の土地二、〇〇〇坪の内一、三二五坪(建物三棟、建坪合計三〇〇坪の敷地六七五坪を除いた部分)に対する占有を離脱しているので執行方法に対する異議申立をなす利益がない。すなわち、昭和三一年一二月一七日設立登記をなした東京ブロイラー興業株式会社(申立人が代表取締役)が昭和三二年三月以来占有使用中であつて、申立人は前記一、三二五坪の部分についてはその占有を離脱し、明渡しを完了している。

三、申立人は本件土地の周辺に生垣高さ二二、三尺の桜の木を五五二本、高さ二、三丈の桜の木二本、又地内に高さ丈余の無花果の木七本を永年生育繁茂させていると主張しているが、右申立人の主張は事実に反する。右主張の樹木は被申立人が本件土地を昭和一九年二月一日武蔵野精工株式会社に賃貸した際、同会社が植樹したものであつて、同会社は昭和二〇年一〇月下旬被申立人に対し本件土地を引渡した際、右樹木の所有権を放棄して被申立人にこれを引渡したものであるから、被申立人の所有に属するものである。

四、申立人は、昭和三一年一一月一八日の日曜日に本件強制執行がなされたと主張するが、右一八日には執行していない。申立人の提出した疏甲第五、第六号証によれば、強制執行施行の日が申立人主張の如く昭和三一年一一月一八日となつているが、右書証に記載された強制執行施行の日は実際は昭和三一年一一月一九日であつて、右書証に記載された年月日は、これを作成した木村執行吏の誤記によるものである。木村執行吏は誤記を発見したので、債権者たる被申立人に交付した分の執行調書謄本(疏乙第二、第三号証)には昭和三一年一一月一九日執行をなした旨記載してある。執行調書は執行をなした事実を証明する文書であつて誤記を真実に合致するよう訂正したことは違法ではない。

五、本件強制執行は武蔵野簡易裁判所昭和二七年(ユ)第二九号土地明渡調停調書の正本によるものであるが、右調停調書の正本は執行に着手する以前である昭和二七年一〇月一日債務者たる申立人に送達せられたから本件強制執行は適法である。

六、本件強制執行は債権者が昭和三一年九月一九日なした執行吏木村直広に対する執行委任に基き、同年一一月一七、一九、二〇日の三日間にわたりなされたものである。而して右強制執行は建物収去土地明渡を求めるものである。建物収去土地明渡の強制執行をなすに際しては調停調書の正本の外に建物収去命令を必要とするところ、右命令は申立人に対し昭和三一年二月一八日送達せられている。よつて、右三日間に亘る強制執行は適法である。

七、右調停調書の正本に基く強制執行は、昭和三一年一一月二〇日施行した程度において停止されていて、未だ終つていない。強制執行が完結しない間に執行文の追送達をなした場合には、執行文不送達のまま開始された強制執行のかしは補填せられ有効となる。債権者たる被申立人は念のため前記調停調書に執行文を付した謄本並に条件成就を証明する書面の謄本の送達を申請し、これ等文書は昭和三三年一月一四日申立人に送達せられた。

八、本件強行執行は、前記調停調書中、第二項に示す賃料を六ケ月分以上滞つた故をもつて執行文の付与を受け、これによりなしたものである。債務者たる申立人が賃料の支払を怠つたことは民訴第五一八条第二項の条件に該当しない。従つて民訴第五二八条に規定する書類を執行開始前または執行と同時に送達することを要しないものである。

九、申立人は土地引渡しの強制執行部分と、未だ執行を終らない六七五坪とについて執行部分を特定していながら未だ強制執行は終つていないと論じているが、この議論は当らない。すなわち疏甲第七号証疏乙第二、三号証中の図面に示すとおり南北に三〇間、東西に二二間半、すなわち六七五坪を除く残りの全部の土地について土地明渡しの強制執行に依る引渡しを終了しているのである。而して申立人と被申立人間の賃貸借契約の総坪数は二、〇〇〇坪であつた。申立人の主張によれば、疏甲第七号証、疏乙第二、三号証中の図面に示す線の間数によつて計算すれば二、〇〇〇坪に不足するをもつて未強制執行部分六七五坪が特定しないと飛躍的に論断しているが右見解は当らない。二、〇〇〇坪の賃貸目的地のうち一五、六坪内外の増減については唯借地料についての調整を為す程度の坪数であつて、賃貸借目的物の特定、あるいはまた強制執行目的物の特定、延いては強制執行の効力を左右すべき程度の坪数ではない。本件における紛争の根本は債務者が六ケ月分以上借地料の支払を滞つたためであつて、支払を滞りなく履行していたら強制執行を受けずにすんだものである。誠実に義務を履行しない債務者は法律の保護を受けるに値しない。

と述べ、疏明として、疏乙第一号証ないし第五号証を提出し、証人木村直広の証言(第一、二回)を援用し、疏甲第一ないし第四号証の成立は認める、第五、第六号証は成立は認めるが、右書面中の昭和三一年一一月一八日なる記載は同年一一月一九日の誤記である、第七、第八号証の成立は認める、第九号証の一ないし一〇が本件現場の写真であることは認めるが、撮影年月日並に撮影者が申立人主張の如くであることは否認する、第一〇号証ないし第一九号証の成立は認める(第一八号証は原本の存在も認める)。と述べた。

理由

申立人と被申立人間の武蔵野簡易裁判所昭和二七年(ユ)第二九号土地明渡調停事件の昭和二七年九月一八日付調停調書の執行力ある正本に基いて、被申立人の委任により東京地方裁判所八王子支部執行吏が、昭和三一年一一月一七日以降三日間(一七、一八、一九日の三日間か、一七、一九、二〇日の三日間かについては争がある)にわたり別紙目録記載の不動産に対し、明渡しのための強制執行をなしたこと、右強制執行はその後武蔵野簡易裁判所のなした強制執行停止決定により停止せられたことは当事者間に争がない。そして、成立に争のない疏甲第一八号証によれば、右停止決定は申立人が被申立人に対し請求異議の訴を提起して、執行停止を求めたので、同裁判所が昭和三一年一一月二四日なしたものであることが認められる。

先ず、本件第二日目の執行が申立人の主張するように、昭和三一年一一月一八日の日曜日(右同日が日曜日であることは公知の事実である)になされたものかどうかについて判断するに、第二日目の執行調書謄本である成立に争のない疏甲第五、第六号証によれば、いずれも「此手続ハ昭和三十一年十一月十八日午前八時四十分ニ始メ、同日午後四時三十分ニ終ル」と記載し、調書作成の日付も「昭和三十一年十一月十八日」と記載されている。一方同じく第二日目の執行調書謄本である成立に争のない乙第二、第三号証(疏乙第二号証の疏甲第五号証と、疏乙第三号証は疏甲第六号証とそれぞれ同時に複写したものと認められる各同一内容の調書謄本である)によれば、右の各「十八日」なる記載が「十九日」と訂正せられている。しかし、記載内容を見ると、疏甲第五号と疏乙第二号証には「……八三〇番ノ一ノ畑ハ昨日其ノ手続ヲ終へ……」とあり、疏甲第六号証と疏乙第三号証には「……北側ノ一棟ハ昨日債務者ノ占有ヲ解キ……」と記載されていて、当日は前日、つまり第一日の執行日である同月一七日(同日が最初の執行の日であることは争がない)の執行に引続いての執行日であることが窺えるから、右疏乙第二、第三号証の日付の訂正は誤りであるようにみえるのであるが、成立に争のない疏甲第一六号証、第一七号証及び証人木村直広の証言(第一、二回)を綜合すれば、昭和三一年一一月一八日には執行せず、これ等の調書謄本に記載された執行は同月一九日になされたものであること、しかるに右調書は執行当日に作成せず、数日後に作成したため、執行の日についての記載を誤つて最初一八日となし、従つて調書の内容も第一日の執行日の翌日の執行である如く記載したものであること、その後この誤りを発見して、日付のみを一九日と訂正したが、申立人には訂正前に誤記の分を送達したものであつて、それが疏甲第五、六号証であること等が認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。右の如くであるから、結局一八日の日曜日には執行がなされなかつたものと云うべきである。よつて、右一八日は日曜日であるのに、裁判長の許可なく執行がなされたから、右執行は取消さるべきであるとの申立人の主張は理由がない。

第三日目の執行調書謄本である成立に争のない疏甲第七号証には執行の日及び調書作成の日付はともに昭和三一年一一月一九日と記載されているが、同じく右同日の執行調書謄本である成立に争のない疏乙第四号証及び証人木村直広の証言(第一、二回)を綜合すれば、右各一九日なる記載は前同様日付の記載を二〇日とすべきものを誤つて一九日と記載したものであることが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。従つて本件第三日目の執行は同月二〇日になされたものと認めるべきである。

前記債務名義に基く別紙目録記載の物件に対する全体としての強制執行が、武蔵野簡易裁判所の強制執行停止決定により停止せられたため、未だ終了していないことは前認定のとおりであるが、成立に争のない疏甲第四号証、疏乙第二、第四号証及び証人木村直広の証言(第一回)を綜合すれば、右物件中建物敷地部分六七五坪を除く一、三二五坪については、債務者の占有を解き、債権者に引渡して明渡しの強制執行を完了したことが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。本件強制執行のなされた土地が別紙目録記載の土地二、〇〇〇坪であることは当事者間に争がない(債務名義に表示された土地は別紙目録記載の畑のうち各南側の部分であるのに、執行のなされたのは右畑のうち各北側の部分である)ところであるし、右土地のうち建物敷地部分が六七五坪であることは右疏甲第四、疏乙第二、第四号証によつて認められる(もつとも右疏甲第四号証、疏乙第四号証中の本文の記載によれば、建物敷地を各六六七坪と記載してあるが、右各書面に添付された図面及び疏乙第二号証などと対比すれば六七五坪の誤記であることが認められる)から、執行部分は特定し、終了部分と未了部分との境界も明らかである。また、仮に右執行終了部分の土地上に申立人主張のような同人所有の樹木が存したのにこれが収去をなさずして明渡しの執行をなし、あるいは収穫期にあつた小松菜を取除いて債務者に引渡すことなくして、明渡しの執行をしたとすれば、もとより違法の執行たるを免れないが、このような手続を経なかつたことをもつて執行手続未完結の理由となすことはできない。また、本件強制執行の執行調書には申立人の指摘するような多くの欠点が認められるが、執行調書は民事訴訟法第五八六条の照査手続に関する調書を除き一つの証明書たるに過ぎず、その作成自体は執行行為の有効要件ではないから、仮に執行調書が存在せずまたはこれにかしがあつても、単にそれだけでは執行自体が無効となるものではない。

右認定のように既に一、三二五坪の部分に対する強制執行が既に終了した以上、訴その他の方法により不法執行の効果の除去を求めるは格別、この部分の執行に対し、執行方法に関する異議の申立をなすことはできないものといわなければならない。

次に、別紙目録記載の物件中右執行の終了したと認められる部分を除いたその余の部分の執行に対する本件異議申立の当否について判断するに(本件第二日目の執行が昭和三一年一一月一八日の日曜日になされた旨の主張に対する判断は既になしたからこの点には触れない)、成立に争のない疏甲第八号証、第一三号証、疏乙第一号証及び証人木村直広の証言(第一、二回)を綜合すれば、本件執行の基本たる前記調停調書の執行力ある正本は、民事訴訟法第五二〇条第一項、第五一八条第二項の規定により、武蔵野簡易裁判所の裁判官の命令により付与されたものであるが、右執行文及び執行文付与の前提となつた債権者たる本件被申立人の提出した条件成就に関する証明書の謄本が本件強制執行開始前に債務者たる本件申立人に送達されなかつたこと、これ等の書面のうち、証明書の謄本は昭和三三年一月一四日申立人に送達されたことなどが認められ、右認定を動かすに足る証拠はない。そして右書面のうち、執行文が右同日申立人に送達されたことは当事者間に争がない。これ等の書面が強制執行開始前に債務者に送達されなければならないことは民事訴訟法第五二八条第二、三項の定めるところであるから、この送達なくして開始せられた強制執行は違法である。しかしながら右規定は債務者をして債務名義に執行力の現存することを予知させ、執行文付与に対して異議申立の機会を与えるため設けられたもので、専ら債務者保護のための規定で絶対的強行規定とは考えられないから、これ等の書面の送達なくして開始せられた執行も当然無効ではなく、債務者の異議等により取消されるまでは一応有効であると解すべきである。そして、執行が取消される前にこれ等の書面が債務者に送達されれば前記の違法は治癒されるものと解するのが相当である。本件においては、執行文及び証明書の謄本は昭和三三年一月一日に送達済みであること前認定のとおりであるから、最早執行開始前にこれ等の書面が申立人に送達されなかつたことを理由に本件執行の取消を求めることはできない。また、執行調書のかし、執行目的物件不特定の主張に対する当裁判所の判断は前認定のとおりであるから結局、本件異議申立は理由がない。

よつて、申立人の本件異議申立を却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 山崎宏八)

物件目録

(一) 武蔵野市大字関前字久保八三〇番の一

一、畑(現況宅地)六反一畝四歩の内北側(債務名義及び執行調書上は南側)

同所八三〇番の二

一、畑(現況宅地)一町二反六畝八歩の内北側(債務名義及び執行調書上は南側)

右二筆の内別紙図面朱斜線部分の二、〇〇〇坪

(二) 武蔵野市大字関前八三〇番の一及び同番の二にまたがる

一、木造瓦葺平家建 三棟

建坪各一〇〇坪宛 計三〇〇坪

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